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良いお年を。

年末更新できなさそうなので、
今年最後のご挨拶を。

これをご覧になっている方々には、きっと
本年は大変お世話になったことと思います。
厚く御礼申し上げます。

寒い日が続きますが、
お風邪など召されぬようご自愛ください。


四重奏的に言えば、
年の瀬の情緒なんて、笑い話にもならない状況が
世界には多々あるわけですが。
忙しさのなか、ふと、世界を地球規模に思いやれるアナタは
とっても素敵な方です。

私はそういったことに、思いを馳せる予定はありません。


良いお年を。
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分業

演劇は共同作業ではあるけれど、
個人でしかできない部分が
勿論ある。

それは、厳密には
誰かが代わることはできないし、
助け合うこともできない。


個人作業を共同作業に刷りかえると、

時間が損なわれ、
カバーした人が損なわれ、
芝居が損なわれる。

対戦相手

たたかう相手は

「理想」じゃなくて、

「現実」だ。

条件反射的批判

条件反射的批判には、

出し手にも、受け手にも

あまり深い意味がない。


それは限りなく、好みに近い。

Story is dead.

物語づくりは、もはや創造ではない、

編集だ。


それを否定できるのは、

「無意識」を免罪符として振りかざす楽天家(99.99%)

か、

血を吐くような思いで創造を目指す冒険家(0.01%)

だけだ。

パーセンテージは、当方脳内調べ。

やり方

(シンプルな構造の場合)

やり方が同じなら、

結果も同じにしかならない。

区切る。

つらつらと書いて参りました、
「ポスト・パフォーマンス・ライティングのようなもの」も
これで締めさせていただきます。

読んで頂いて、ありがとうござました。

多々、力不足の面があったとしても、
なんらかの形で、お客様方の心の琴線に触れたのであれば、
これに勝る喜びはございません。


今回は、
類型的なシーンをコラージュした「抽象作品」だったので、
ウェブサイトを含め、多くの解説を用意しました。

入り口が分かりやすかった分、
そこからの抽象部分が、届きづらかった感は否めません。
反省点は反省点として受け止め、精進していく所存です。


末筆になりますが、
ともに舞台をつくり上げたキャスト・スタッフの皆様にも
心より御礼申し上げます。


すべての関わって頂いた方々へ
有難うございました

感情移入と嘘

感情移入と嘘
~ポスト・パフォーマンス・ライティングのようなもの(3)


おそらく、ご覧になった方の大半は、
どの世界にも、感情移入できなかったのではないかと思います。

余程気になった世界があった方を除けば、
構成上、ひとつに気持ちを入れても、
すぐ違うほうに視点が行ってしまいますし、当然です。



感情移入には、お客様の感覚を麻痺させ、
お芝居のうそ臭さを薄め、「本物」のように錯覚させる効果があります。
それがないことに、違和感を感じるお客様もいらっしゃったでしょう。

私は、思います。

現実で起こっている出来事も、
感情移入できなければ、「嘘」なのだろう、と。

興味の持てないこと以外、全部、うそなのではないか。
あくまで、嘘=リアルに感じられない、という意味においてですが。

自分の生活に追われているなかで、
遠くの事件なんて、「嘘」でしかありません。



たかが、4つの世界ですら、そうなのだとしたら、
現実の割り切れない数の世界たちは、
存在しないも同然です。そもそも殆どが見えませんし。


だから、私たちは「ふつう」に生きていけます。
見もしない災難に感情移入してリアルに感じていたら、
神経が持ちません。


でも、私は、たまには立ち止まって、想像してみたいのです。
だから、この作品を作りました。

ジャンルも同時多発。

ジャンルも同時多発。
~ポスト・パフォーマンス・ライティングのようなもの(2)


今回、会話が同時多発だったことは、前提であって、
それほど重要ではありません。

私が最も興味があったことは、「ジャンルを重ねた影響」でした。
シリアスとコメディを交互にではなく、
同時に観ざるをえない影響です。

おそらく、お客様は戸惑われたことと思います。
私は興味津々でした。

「緊張感とリラックスが引っ張り合う舞台の上を見て、
 人はどうそれを見るのか?」


笑いが多かった回もありました。
しーんとしている回もありました。
?マークが見えそうな回もありました。


人によって捉え方が違う、という当たり前のこととは別に、
もう一つ、感じたことがあります。

- 場の空気がジャンルを決めてしまう -

周りに笑う人が多いと、人は安心して笑いはじめ、
シビアな世界が混ざっていても、
場のジャンルがコメディとして形成されてしまう。

その逆もしかり。

(それをコントロールするのが、
 演出の仕事だとお考えの方もいるでしょう。
 であるなら、私ではなく、お客様が演出だったことになります)



なるべく身近なことでいうなら、イジメの現場を見ている人が、
一緒に笑うのか、怒るのか、あきれるのか、無関心か…
ニュースで見る遠い世界も、その延長線上にあるのでしょう。

私は、周りに影響を受けずに、
自分ひとりでリアクションを決められる人間であるだろうか?


私は影響を受けそうです。

ご覧になった皆さんはいかがでしたか?

御礼の言葉に代えまして

御礼の言葉に代えまして
~ポスト・パフォーマンス・ライティングのようなもの


御来場いただき、誠にありがとうございました。

4つの世界の住人の右往左往を、
5つ目の世界の住人であるお客様は、どのようにご覧になったでしょうか?


私は公演中、6つ目の世界の住人として、
いわば「お芝居を見る人役」であるお客様方を加えた「五重奏」を
後方から観ておりました。

本番が始まってしまえば、演出は何もできません。
ただ、観てるだけです。
何処であろうと、遠くのことには何もできません。

仕方ないことです。

インドでテロがあっても私が公演を行ったように、
タイでデモがあってもお客様が芝居をご鑑賞されたように、
それぞれの世界は、まったく関係のないものです。

仕方ない
と言い切るには、心の奥に違和感が残ることです。

どうすればいいか……私にはわかりません。
どうもしないでしょう。
ただ、たまにニュースを見てるだけです。


関係ない世界だからこそ
重ねてみることに意味があるのではないかと思い、
この作品をつくりました。

比べるものがなければ、物事はぼんやりとしか見えない-

そう思いながら、私は日常生活に戻ります。
皆さんの心にも、ほんの少しの違和感が残ることを祈りつつ…

御来場、誠にありがとうございました。

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